大血管転位症(TGA)と前置胎盤

このブログでは完全プライベートのことを書くことはしてこなかったが今回は例外的に書いていきたいと思う。

先月産まれた息子は大血管転位症(TGA)という難病を抱えて産まれた。正確に言うと息子の場合は完全大血管転位症である。病気の定義はもっと専門のサイトや医師に聞く方がいいが、簡単に言うと心臓の大動脈と肺動脈が先天的に入れ違っており結果的に全身に十分な酸素を含んだ血液が流れないためチアノーゼ状態になる病気である。

今回はこの病気の体験記を書いていこと思う。

診断

初めて分かったのは20週頃だった。妻の検診日で今日ひょっとしたら性別が分かるかもというのんきな会話していて病院に送り出した。お昼頃に妻から連絡がありどうやら心臓の血流の流れに反対になっているという、そして後日詳細に調べるという連絡だった。

その連絡を受けた時の衝撃は人生で最大だった。

ともあれ大血管転位症を調べている人はここで意外と早期に気づいたんだと印象を受ける人は多いと思う。実際、私達が通院していた病院は大学病院で胎児心エコー検査していたので早期に見つかった(大学病院に通っていたのはそもそも別の理由)。

決断

良くも悪くも中絶が出来る22週未満で見つかった。子どもがTGAであるだけで中絶をするとはならないのだが運悪く別の悪い情報も受け取った。それが前置胎盤の兆候である。結果を書くと全前置胎盤に最終的になった。簡単に言うと胎盤が産むための経路のところに出来てしまったので通常の分娩で出産することが出来ない。基本的に前置胎盤と診断された場合は帝王切開になるケースが多い。そして前置胎盤は一般的に早産になりやすい、というよりも出血の危険性があるため早期に帝王切開で産むことが多い。

ここで再度TGAの話になるのだが、TGAは産まれた後に何もしないまま1ヶ月経つと9割方亡くなってしまう。そのため産まれてすぐに酸素をより供給するために出産直後にカテーテル手術を実施し、大体1週間後ぐらいを目処に大動脈スイッチ手術(ジャテーン手術)という大手術行うのが今は一般的である。その手術を行うために出来るだけ手術に耐えられる体が必要なので、子どもを出来るだけ胎内で成長させなければいけない。

つまり前置胎盤という母体を考えた時は早期の出産が望ましいが、胎児にとっては限界まで胎内で成長させる方がよいため相反する方針となる。また前置胎盤の中でも癒着胎盤を併発すると子宮摘出になるため、子宮摘出(実際は母体もかなり危険)かつ子どもも助からないという最悪のケースをなる可能性があった。

中絶するための残期間は約1週間程あったので夫婦でとにかく話し合いとまた後悔したくないため情報収集に専念した。

結果的には産む決断を夫婦でした。実際のところその1週間の中で胎動が始まり、またその時点で胎児は非常に元気に育っていたのも理由だ。
ただ誤解して欲しくないのは私達は産む決断したのであって他の人にも産むことを勧める、同様に中絶を勧めることはしない。誰かがどうとか、情報がこうだからではなく自分達はどうしたいのかで最終的に決断をして欲しい。

ただ当時参考になった情報として以下を共有したい。

  • スイッチ術の成功率は9割以上。死亡率は3%。
  • スイッチ術の手術時間は5~6時間。ただし準備やその後の検査も含めると12時間は覚悟した方がいい。
  • 手術後の1ヶ月の経過は重要。
  • 無事成功した場合は普通の子と同じように運動や体育が出来る子が多い。
  • この病気は別の遺伝性疾患と併発することは少ない。

出産までの期間

産むと決断した後は心が前向きになれた。とはいえ、早産は避けたいため妻は自主的に制限をかけた。 まず会社に相談して22週以降はリモートワークに特別に切り替え・産休も1ヶ月ほど前倒しで取得した。 妊娠高血圧腎症を避けるために減塩弁当を主体とした食事を行い、通院はバス・タクシーを使って出来るだけ歩くのを避けた。これらを遂行してくれた妻には非常に感謝している。

夫として重要な役割の一つとして妻を精神的に支えることがかなり重要だった。とくに妻は自分の行動によって早産(=死のリスク)になることのストレスを長期間に渡って感じる。そのためかなり弱気になってしまうことがあった。ただそのタイミングで夫も弱気になってしまうと妻のストレスの逃げ場がなくなるので、とにかく元気で振る舞おうと気をつけた。

病院選び

病院選びは生命がかかっているので非常に重要である。とはいえ妊婦であるため色々な病院にセカンドオピニオンとして受診するのは現実的に不可能だった。

以下は今だから思う病院選びのポイントだ。

  • 産科と小児科が強く、関係性が良い。
  • NICUは絶対。出来ればPICUがあれば尚可。
  • 子どもの心臓手術の件数を多く実施している実績がある。
    • スイッチ術を多く実施している病院でも年間5件未満であるので、0件はキツいけどあっても1~2件ぐらいの比較しか出来なかった。
  • 家から比較的近い。
  • 管理入院に対応している。
  • 輸血が大量にある(これは前置胎盤を考慮)。

実は以上のように絞り込みをかけていくと東京であっても対応できる病院は3~4病院ぐらいに限られる。 結局、最初から受診していた大学病院が条件に一致していたため別の病院に切り替えることをせずに済んだ。ここまで書けば鋭い人は分かるが私達は東大病院を受診していた。

胎児の体重について

TGAで胎児の体重は非常に重要であるためとにかく大きければ大きい程よい。そのため最後の出産日までずっと気にしていた。体重はどんなに少なくても2000gはまず必要である。これは産まれてすぐのカテーテル手術で実施するための目安の体重である。次の指標は2500gである。これはカテーテル手術で一般的な器具が使えるので。そして最後は2800gである。これはスイッチ術の時に確か中心静脈カテーテル(ここはうろ覚えなので医師に聞くように)を使えるのでリスクはあるが手術の正確性に繋がるらしい。要するに手術中にちゃんと大動脈と肺動脈がちゃんと機能しているか確認できるみたい。

私達の場合は結果的に34週4日の約2900gで産まれた。

管理入院

妻は2回管理入院をした。1回目は10日間。2回目は出産日までの1ヶ月間を入院した。行動が制限されるデメリットもあるがメリットが大きかった。やはり家に居て通院となるとそれなりに運動してしまうし、食事も病院のように完全に制限することは難しい。ただ、これは病院によると思うが管理入院したいですと言えば出来るものではなかったので病院の状況に大きく左右されると思う。 他にも毎朝心音チェックで定期的に胎児の確認が出来たり、心理的にも同じ境遇の妊婦も同室だったので打ち解けていて良かったみたいだった。とにかく何よりも急変があった場合に病院にいるので対処が出来るということはストレス軽減にはなっていた。

申請・手続き

妻はかなりの長期間を入院していでその分医療費が大きくかかる。そのため事前に限度額適用認定証を取得すること。また同時に加入している民間保険が適用されるかは早めにチェックしておいた方が良い。次に産まれた後の子どもの手続きだ。スイッチ術だけで費用は実費だと800万円以上かかるし、NICUに入院した場合は1日4万ぐらいかかるので出産後にすぐに手続きが必要。 ちなみに保険適用されるので実際には負担金はゼロである(今回ほど国民皆保険に感謝したことはない)。

生まれる前にやること

  • 自分のマイナンバーカードを取得。実際にはマイナンバーだけで行けるかもしれないけど、マイナンバーカードがある方が申請が簡単だったりとにかくメリットしかない。

以下が産まれた子どもに対して翌日行ったこと。以下はすぐにした方が良い

  • 出生届
  • マイナンバー入り住民票の取得(未熟児の養育医療で必要だった)
  • 健康保険に加入(自分の子どもは国民健康保険だったのですぐに役所で手続きした。ただし、会社員の場合は違うのでそこは各自が調べる必要あるので会社に相談すること)
  • 子供の限度額適用認定証取得
  • 乳幼児医療費助成制度(マル乳)の申請。事情を言えばその場で発行してくれた。
  • 育児手当

以下は医師から意見書を貰えば出来ること

  • 未熟児の養育医療

以上の申請をしたらすぐに病院に提出すること。また出生届をすぐに出すので子供の名前は事前に決めておくこと。

出産日

出産日は一応の生まれる1ヶ月前頃に仮の日程が決まっていた。TGAは胎児がすぐにチアノーゼになるため出産日は万全の体制で望むため完全計画分娩で行われる。しかし、結局最終確定したのは仮日程が近くなってからである。

そしてなんとか予定日を迎えることが自分達は出来た。

高リスクであったため当日の出産の順番は1番手だった。朝7時過ぎに病院に着いて、妻の貴重品を預かり7時半頃に分かれた。8時頃に処置室に妻は運ばれ9時過ぎ頃に子どもが産まれた。9時半に子どもが産まれたと報告があり、すぐに子どもはNICUに運ばれた。そして11時頃に子どもと初めての面会をして予想よりも酸素濃度は安定していた。ただし、今後ためにやはりバルーンカテーテルで卵円孔が閉じないようにするための手術を11時半頃から実施するとお話があった。

バルーンカテーテルは成功してその後血中酸素濃度も80台で安定することが出来た。子どもに関して言うとかなり順調だった。

時間を戻す。

実は裏で妻の方が生命危機レベルで状況に陥っていた。10時40分頃に病室に帰ってくる予定というのを報告があったがその後の連絡がぷっつりと途絶えていた。
なんとか看護師さんに話を聞いてみると出血が止まらないらしい。その時点でかなり嫌な予感がしていた。その後2度産科医の先生が待合室に来てやはり出血が止まらないらしいとのことで緊急で輸血の同意書を書いた。
合計で5500mlの輸血をしたらしいので体の血液をすべて入れ替えているレベルの出血だったが、ぎりぎり子宮摘出せずに済んだ。もしこれが東大病院ではない普通の総合病院であれば最低でも子宮摘出でもっと行けば生死の問題だった。

出血が止まったのは夕方頃でその後ICUに妻は入ることになった(次の日にMFICUに移動になった)。
ただあくまで夫目線で今書いているので実際はもっとかなり壮絶な現場だったと妻は話ししている。

今となっては何が原因だったかはっきりと分からないのだが、恐らく前置胎盤の一部で癒着が起きていたのではないかと思う(ただし妻も私もだろうぐらいでしか分からない)

妻の状況を聞き20時頃に病院を後にした。

出産日から手術日まで

上に書いたように次の日の午前中から大急ぎで役所周りを私がした。

NICUの面会は毎日1時間することが出来た。ただし妻が入院中は感染対策として時間をズラして面会する必要があった。

子どもは予想以上に安定していたので、途中で抱っこが出来たり体を拭いてあげたりすることが出来た(本当に良かった)。この時点でこの先どうなろうと本当に産む決断を自分達がして良かったと心から感じた。

スイッチ術の手術日

出産日と同じく朝7時頃に病院に着いた。NICUで出陣式を行い手術室まで私が付き添った。さすがに手術室の前で子どもを見送った時は涙が出そうになった。

手術時間としては5~6時間の予想だった。TGAは大動脈と肺動脈を入れ替えるのが注目されるが、手術の難しさは実は冠動脈の入れ替えの方だ。この冠動脈は個々人によって伸び方が違うので万が一子どもが特殊な冠動脈の伸び方をしていると手術が難しくなる。出産日から手術日までの1週間でもこの冠動脈についての検査を元に計画を建てるらしい。しかし造影剤を使ったCTでも限界があるらしく最後は実際に開腹してみないと分からないという結果になった。ただ自分の子は事前に恐らくそこまで一般的な伸び方をしているらしいぐらいの情報は突き止めていたが。

手術は15時過ぎ頃に終わった。15時半頃に執刀医の先生がお見えになって無事成功したと。この時ほど嬉しかったことはなかった。ただ、その後の検査もあったので結局子どもに会えたのは19時過ぎ頃だった。 手術後のためNICUからPICUに移動になった。ちなみにPICUはNICUより厳しく一日に会えるのは両親合わせて15分程。しかも、別々に面会する必要があった。点滴もぐっと増えて16台がセットされていた。

人生で一番長かった日はこうして終わって、待機室に約12時間待っていた。とても、とても疲れたが成功して良かった。

退院まで

そろそろ書く量が多く辛くなってきたが、あともう少し。

子どもは驚異的な回復力を見せて、金曜日が手術日だったのにPICUからNICUへ次の週の水曜日には移動になった。本当にこれは驚異的だったみたいで通常であればもっともっと長い。事前にPICUから移動は1, 2週間で出ると思わないで下さいねと伝えられていたのでいい意味で肩透かしにあった。

その後NICUでも驚異的な回復力を見せて手術から3週間後にはGCUという退院間近のところに移されている。その間に点滴・胃管チューブなどは全て無くなった。体もかなりむくんでいたのが、かなりすっきりした。あまりにも驚異的な回復力だったため家での受け入れ準備を全くしていなかったので大急ぎでしている。

ただ、心臓手術をした子は感染性心内膜炎という病気に感染するリスクが生涯に渡っておきるらしい。そのため歯の治療やピアスなど細菌の侵入に注意する必要があるみたい。リスクがある場合は抗生剤を適切に処方して貰う必要がある。

最後に

なぜ産む決断を最後にしたのか。

それはどんな結果になろうとも受け入れると最終的に決めた。もし子どもに障害が残ったり、もしくはそれ以上の状況になったとしても受け入れると。もちろんその結果子どもがどう思うのかは別である。

最後に何度も書くがこの記事の内容を見て産む産まないの決断をして欲しくはない。