2025年を振り返る。
仕事について
引き続き週2でiOSの開発を行うのと、別のプロジェクトを週3する感じの1年間だった。iOSについてはほぼ変わらない。そのため若干マンネリ化しているので、来年はLiquid Glass対応をしていけたらと考えている。
別のプロジェクトは主にSaaSの開発だった。技術はRuby on Railsプロジェクト、PHPプロジェクト、Next.js + React Nativeプロジェクトの3つをした。今はNext.jsとReact Nativeを引き続き書いている。 方針としてはiOSのネイティブ開発一本だと不安のため、分散のためWeb系の仕事も並行している。
個人開発について
何年か前に本格的にやるのはやめると書いたが今年もなんだかんだ書いている。理由としてはAIの影響が大きいと思う。昔よりも短時間で開発ができるのと、AIでの開発の実験場として個人開発をしている。
4月にはほぼ更新をやめていたアプリの開発を行ったところユーザー数が倍になったのは嬉しかった。ただ妻のために開発したアプリであるため5月以降やマーケティングするやる気は起きずそのままにしている。
6月からは自分のために作ったシステムを拡張してSaaS化した。
内容は簡単に言うと日報の管理をSlackの上で出来る。作成した理由としては緊急ではない重要なことを後回しにしてしまうことが多かったので毎朝日報に目標内容を書くというのをしていた。効果は高いが手帳やNotionに書いても急ぎの内容があると見返すのを忘れてしまうことが多く、そのため普段一番使うツールであるSlackで管理できたらと考えたのがきっかけである。
また過去に一時期仕事のメンバーの管理をしていたが、自分が忙しかったのもありメンバーが現在の状況を把握するのが大変だった。だから日報みたいな形式で提出してくれるとすごく助かるが、日報を提出側の立場になると何か必ずしもフィードバックがあるわけではないので難しさも感じた。そのような経験でもっと上手くやる方法はないかと考え日報の管理ツールを作った。このへんはもっと書きたいこともあるが長くなりそうなので一旦やめておく。
技術的なことを書くとSlackのSDKをTypeScriptを使用しさらにExpress.jsのフレームワークを含んでいるので、自然と構成が決まってしまった。TypeScript自体は好きでも嫌いでもない言語だが生成AIが発展した今だからこそ思い切って別の言語にしたかったな。例えばRustとか仕事では全然使う見込みはないが一つのきっかけとしてやりたかった。
期間としては子どもの寝かしつけ後や始業前の時間をコツコツやっていたので6ヶ月間ぐらいかかってしまった。来年は開発だけではなくてプロモーションのために動画投稿など違う分野のことを挑戦したい。
AIについて
今年の初めは高精度なタブ補完レベルだったのがこの一年でエージェント経由でコーディングが圧倒的に増えた。とくにOpus 4.5になってから精度はよく主力としてはClaud Codeを使っている。金額は高かったが明らかに金額以上の時間の節約は出来た。その他にもCursorは常用しCodexは仕事関係で無料で使えるようになっている。使い方としてはClaudeで大まかな実装方針をドキュメント化して実行し、適宜Cursorで整えていく感じが多い。Codexはドキュメント化した内容のレビューをしてフィードバック用に使っている。
色々と新しい機能は多いが全てを試していると時間が無くなるのとベストプラクティスも変わるのでり、具体的に改善したいタイミングで都度調べるようにしている。
気をつけるいる点は月並みだがいわゆるコンテキストエンジニアリングと作成対象を絞り込みする点。 コンテキストを必要最低限の量を与えることにこだわっている。そのため必要以上の仕様のドキュメント化はあまりさせなくて関連コードを指示する時にちゃんと含ませることを意識している。そのため指示しやすい設計を作るのは重要だと考えている。あとは作成対象の絞り込みでは雑に「会員登録機能を作って」というのではなく、ある程度は設計後に細かく指示するやり方にしている。
他に変化としてAIエージェントは便利だがコードを書きながら仕様を考えるみたいなのは昔は少しアリだった感じだったが、AIエージェントが主体になると明らかに手戻りがキツくなるのを感じた。理由としてはコード生成スピードが速いためふわっとした要件でもがっつり書いてしまい、後から変更になった場合にその分のコードを消すのがツラい。そのためわりと以前より最初から要件を決めておきたい。
ただこのブログだったり個性を反映したものに関してはあまりAIは頼らないようにしたいと考えている。
まとめ
子供が3歳になって色々と会話が出来るようになって楽しいし、積極的に旅行に行ったりした。子どもの記憶には将来残らないかもしれないが自分達の思い出にはなるのでそれは良しとする。